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| 筆者: A.S. |
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今日は、ビジネス目的で来日したイタリア人男性を鎌倉にご案内した。この仕事は前日にTIJから紹介されたもの。他に先約のあった他のガイドさんの代わりに私がこの仕事を引き受けることになった。取引先との商談が予定よりも早く終わったのでフリーになった時間を観光して過ごしたいというクライアントの希望で、今回は急遽この仕事が決まった。私は主に、個人の旅行者を相手に通訳ガイド業を営んでいるが、このように前日、あるいは当日の朝、ホテルやエージェントから仕事を依頼されるケースが多い。急遽発生する仕事には、突然の変更もつきもので、今回も、当初は一日を予定していた観光が半日で切り上げ、ということになってしまった。クライアントは今晩6時の便で成田を出発する。つまり、1時過ぎには鎌倉から、成田空港行きのエアポート・ライナーに乗り込まなくてはならない。そんなわけで、一日かけて鎌倉をゆっくり回る、という旅程を半日バージョンに作り変えることになった。
外国人旅行者が鎌倉に来て一番感激するもの、それはやっぱり、長谷の大仏様に他ならない。青空を背に堂々とした佇まいを見せる大仏様は、早雲山駅から箱根ロープウェイに乗って、目に飛び込んでくる富士山の姿と同じぐらい神々しくて圧倒的な存在感がある。大仏様が素晴らしいのは、スケールの大きさばかりではない。うっすらと開いた瞳、ほのかな笑みを浮かべる口元、柔らかな肩の線、そのお顔や姿から、慈しみと優しさがあふれている。大仏様をじっくり拝ませていただくのなら、観光客や修学旅行の生徒で込み合う前、あるべく午前の早い時間がよい。日本にはもう18回も訪れているが、観光するのは初めて、というイタリア人クライアントにそんなことを説明しながら、宿泊先である六本木のホテルを8時に出発して、品川駅から横須賀線に乗って9時半に鎌倉駅到着。駅からタクシーで大仏様のおられる高徳院に到着したのは9時45分だった。
大仏様を後にして次の訪問先は、もちろん長谷寺。私はこの素晴らしいお寺が高徳院から徒歩10分もかからない所に建っていることにいつも感謝している。なぜなら長谷寺は見所がたくさんあって、ご本尊の「長谷観音」(十一面観世御菩薩)の祀られている観音堂の他、阿弥陀堂、地蔵堂、大黒堂、輪蔵(回転式書架)、弁財天や一六童子の像が刻まれた弁天窟など、どれをとっても一見の価値がある。そして晴れた日には相模湾を一望できる展望台は、移動のペースに一息いれるのに格好の場だ。イタリア人クライアントは、一本の楠から作られた二体の十一面観音の一つが、海に流されて、三浦の海岸に漂着、そしてこの地に移されたという長谷寺の縁起について、たいそう興味深く耳を傾けてくれた。ここで時計をチェックすると10時半。この後は、本来なら鶴岡八幡宮、というコースが標準的であるが、ご本殿は修復工事中、参拝ができないことを事前に聞いていたので、八幡様は今回パスした。長谷寺を出た所で流しのタクシーをつかまえて、建長寺に向かう。
静寂に包まれ、整然と建物が並ぶ建長寺を、イタリア人クライアントは、かつて訪れたことのある中国の仏寺と比較して驚いた様子。彼によると、中国のお寺は参拝客でごった返していて、もっと賑やかだそうだ。そこで建長寺は禅のお寺であり戒律の厳しいことや、参拝客もまた静寂を尊重しなければならないことを説明した。折しも、法堂では、地元の婦人会を前に住職様の読経が厳かに始まった。建長寺は奥深く、このまま行くとハイキングコースに行き当たってしまう、と話しながら、半僧坊に行く途中の竹林のあたりで引き返してきた。竹林の間をそよぐ風が、11月とは思えない強い日差しに照らされた肌に当たって心地よかった。
時計を見ると11時半。昼食前にもう一カ所、お寺を回ろうと、建長寺の後は明月院に向かった。紫陽花で特に有名なお寺は、四季折々の花が美しく咲き乱れる。今は菊の花がちょうど見所であった。藁葺きのお堂や、緑濃い山々を借景にした庭園、そしてそれを眺める部屋は、どれも心を和ませるものがあり、明月院の素朴な美しさはイタリア人クライアントを魅了したようだ。昼食は北鎌倉駅の近くにあるお豆腐とそばの専門店でとった。健康的な日本食はクライアントの大好物で、素材の味と鮮度を大切にする点で日本食とイタリア食には共通点がある、と彼は述べた。確かにイタリアの魚料理などではハーブやオリーブオイルは使っているものの、それらはあくまで素材の味を引き立てるものとして脇役に徹している。素材をおいしく頂くには、それらは新鮮であることが条件だ。クライアントは食品業界に身をおくため、食べ物の話題にはとりわけ興味があるようだ。イタリアと日本の食文化について語りだすとなかなか話しはつきない。
1時15分に、エアポート成田の列車が北鎌倉駅のプラットフォームに入ってくる。成田まで、これから2時間あまりの列車の旅だ。朝が早かったせいか、クライアントもそろそろ眠気をもよおしてきたらしい。半日でできるだけバラエティに富んだ、鎌倉の、そして日本の姿を見てもらえれば、と精力的に動き回ったが、どうやら彼には満足してもらえたようだ。東京駅に着いて、クライアントに別れを告げ、私は列車を降りた。
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